母国の旗を掲げながらチャントを歌うティフォージたちや、バッタモンの商品を取り扱う屋台などでスタジアムの前を賑わせる人々の群れ。雨雲で覆われたこの日の空とは裏腹に、異なる色のシャツを身にまといながら互いの国の健闘を祈りつつ握手などを交わす彼らの表情からは眩しいほどの笑顔が見てとれた。
UEFAネーションズリーグ第1節・イタリアvsポーランド。
これが筆者にとって初めての現地観戦となった。
W杯の出場を60年ぶりに逃したアッズーリ(イタリア代表の愛称)は指揮官のジャンピエロ・ヴェントゥーラ氏を解任し、かつてマンチェスター・シティやインテルで指揮をとったロベルト・マンチーニ監督を招聘。さらに、長年チームを引っ張ってきた主将のジャンルイジ・ブッフォン(PSG)やダニエレ・デ・ロッシ(ローマ)などが代表を引退。若手選手を中心に再出発を図った。
(新生アッズーリを率いるマンチーニ監督)
決戦の舞台はボローニャFCのホームスタジアム、スタディオ・レナート・ダッラーラ。スタジアムの雰囲気を味わってみたかったということもありキックオフの約2時間近く前に到着。指定された席に腰を下ろし、ビールを片手にピッチを眺める。
心臓まで響く重低音の効いたスタジアムBGMに笑顔でセルフィーを撮るサポーター。“夢の90分間”が幕を開けようとしていた。
やがて選手たちが入場し国歌斉唱が始まるのだが、筆者はここで度肝を抜かれることになる。
イタリア代表が国歌を全力で歌い上げることはカルチョに魅せられた人間なら誰もが知る事実だろう。
(国歌を歌うイタリア代表)
しかし、全力で歌うのは選手たちだけではなかった。
『マメーリの賛歌』が流れ始めるとティフォージたちは立ち上がり、老若男女問わず誰もが口を縦いっぱいに広げ、これでもかというくらいの声量で愛する母国の歌を歌い始めた。音程が外れていようがお構いなしに精一杯の歌声で。
鳥肌が立った。
彼らの母国に抱く誇り、愛国心、たくさんのものがこの歌を通して全身に伝わってきた。
そしていよいよ試合開始を告げる笛の音がスタジアムに響き渡る。キックオフだ。
(マンチーニ監督新体制初の公式戦)
若手中心のイタリアはこの日はイマイチ決め手に欠けており、なかなか相手のゴールネットを揺らすことができない。対するポーランドはワールドクラスのストライカー、ロベルト・レヴァンドフスキ(バイエルン)を中心とした連携のとれた攻撃で、イタリアのゴールに襲いかかる。
「クソッタレ!あいつを交代させろ!」
緩慢なプレーや逃げ腰のプレーをする選手には容赦なしにブーイングが飛び交う。
それとは対照的に体を張った守備やスーパーセーブなどには称賛の声が上がる。
「ブラヴォー!」
やはりかつてカテナチオと称される堅守を誇った国なだけあり、高度な守備を見せる選手はしっかりと評価される習慣があるようだ。
呼吸をするのも忘れてしまいそうなほどの白熱した試合展開とスタジアムの雰囲気に圧倒されていると、あっという間に前半は終了してしまった。イタリアはポーランドのピオトル・ジエリンスキ(ナポリ)によって先制され、1点のビハインドを背負ったまま前半を折り返すことに。
(レヴァンドフスキと競り合うペッレグリーニ)
この15分でずっと踊りっぱなしだった胸の高鳴りをどうにか抑えようと一息ついていると、驚いたことにハーフタイム中もこの国の人々は思考することを辞めていなかった。周りのあちこちで「ここをこうした方がいいんじゃないか?」「前半はここがやられていたからこうするべきだ」と議論が始まる。「これがフットボールが文化として根付いている国なのか」ととても感心させられた。
やがて選手たちがピッチに戻り、後半が始まった。
マンチーニ監督体制になってから初の公式戦。なんとしてもゴールが欲しかったイタリアだったが、ジャコモ・ボナヴェントゥーラ(ミラン)やアンドレア・ベロッティ(トリノ)ら攻撃的な選手を送り込むもなかなか流れは変わらずポーランドの牙城を崩すことができない。
すると、側に座っていた4人組の若者たちが「キエーザを出したらいいんじゃないか?」と意見を述べ始めた。たしかに前線に何かアクセントが欲しい状況ではあったが、イタリアにはドメニコ・ベラルディ(サッスオーロ)やシモーネ・ザザ(トリノ)、チーロ・インモービレ(ラツィオ)などといった強力なフォワード陣も控えている。しかし、彼らは満場一致でフェデリコ・キエーザ(フィオレンティーナ)の名前を挙げた。
そして、彼らの意見がマンチーニ監督に届いたのかはわからないがベンチの方に目をやると本当にキエーザが呼ばれ準備を始めた。そしてそのキエーザが投入直後に同点のチャンスとなるPKを獲得することとなった。
(ティフォージに期待を寄せられる20歳の俊英キエーザ)
ティフォージたちが見守る中、ペナルティスポットに立ったのはイタリアの攻撃の核となるMFジョルジーニョ(チェルシー)。
(PKキッカーを務めたジョルジーニョ)
「オォォォォ…」
低く野太い声で観客席から念が送られる。
ジョルジーニョの一歩一歩に呼応するようにその声はどんどん大きくなり、ボールがネットに突き刺さった瞬間、それは歓喜の声へと変わった。
約3万8000人を収容するスタジアムがどよめいた。
喜び過ぎて足を踏み外した青年が上の席から降ってくる。飲み物の入っていたであろうプラスチックのコップが水滴を飛ばしながら宙を舞う。人々が拳を天に突き上げ近くの人とハイタッチを交わす。
これがカルチョの国と言われる所以なのかもしれない。あの一体感は今まで生きてきた中でも味わったことのない言葉では言い表せないほどの素晴らしいものだった。
家族が寝静まった夜中のリビングでテレビ画面越しに見るいつものフットボールとは全く別物のように感じた。
試合はそのまま1-1の同点で終わりイタリア代表は大会初戦を勝利で飾ることは出来なかったが、なんとか敗北だけは避けることができた。
やがて選手たちはロッカールームへと引いていき、人々はスタジアムを後にする。筆者も余韻に浸りたかったところだが、夜も更けてきて宿に戻らなければいけなかったので渋々席を立つことに。
スタジアムから出ると、そこはバスを待つ人々や家路につく人々で溢れかえっていた。周りを見渡してみるとそこには試合前と同様、“笑顔”以外の表情を浮かべている者はいなかった。
カルチョの国、また何度でも訪れたいと思わせてくれる素敵な国だった。