私が海外サッカーに興味を持ったとき日本代表は、ドーハの悲劇、 マイアミの奇跡、 ジョホールバルの歓喜など世界の舞台に踏み込み始めた時期でした 。
当時の日本代表はカズ、ゴン、前園、中田、 名波などが現役でしたが決定力不足と言われたり、 世界で通用するのかかなり疑問でした。案の定初参加のフランスW杯ではGL3戦全敗。 世界との差を痛感し、 帰国時空港で城彰二がファンから水をかけられたのを覚えています 。
そんな中、海外では得点力のあるFWが多くいました。 当時世界NO1リーグであったセリエAにも名ストライカーが多く いました。
バティストゥータ、ロナウド、クレスポ、ビアホフ。
イタリア人ではバッジョ、ヴィエリ、デルピエロ、ゾラ、 キエーザ、デルベッキオ、モンテッラ、 インザーギなど代表監督は選考にかなり悩んだことでしょう。
その中で特に好きだったのがクリスティアン・ヴィエリです。ヴィオラファンなのでバディも大好きですが、 今回はヴィエリです。僅かですがヴィオラにもいました。
FWにも色々とタイプがあるので一概には言えませんが、 ヴィエリ1番です。パワーとテクニック、そしてインテリジェンスを兼ね備え90年代 後半から00年代前半にかけての全盛期には「 世界最強センターフォワード」と評されました。
ボボの愛称で、 重戦車のようなドリブルからゴールを決めることもあれば、 鮮やかなボールコントロールから得意の左足で正確にゴールを決め ることもでき、185㎝ とずば抜けた長身というわけではありませんが空中戦においても無 類の強さを発揮し、多くのゴールを奪ってきました。非常に引き出しの多いプレーヤーと言えます。ゴールだけでもなく、 無敵のフィジカルを生かしたポストプレーも圧倒的な強さを誇り、 前線での貢献度は計り知れません。
ただし、 非常に気難しい性格をしておりピッチ外ではチーム関係者、 サポーターと揉めることが多く、 決して愛された選手とは言えませんでした。練習嫌いとしても有名で、毎シーズンのように故障に悩まされ、 原因は練習不足であるとの見方が多かったようです。
彼のキャリアは、まずアタランタでの活躍が評価され、 翌シーズンにユベントスに移籍することとなりました。シーズン途中からレギュラーの座を掴むと、 センセーショナルな活躍を見せリーグ優勝に大きく貢献、 ACミラン戦では、 大ベテランであったバレージを振り切ってゴールを決めたシーンは 有名です。 バレージが現役引退を決断する一因になったと言われています。
翌シーズンはアトレティコマドリードに移籍。 当時はイタリア人選手が国外でプレーすることが少なかった時代で したが、臆することなくプレー。 1試合1ゴールのハイペースでゴールを量産し、 24試合に出場しただけであったが見事に得点王に輝いています。
しかし、「リーガは生ぬるい」と発言して1年でイタリアに復帰、 ラツィオに復帰しました。
当時世界で最もリッチなクラブだったラツィオに当時の世界最高の 移籍金で移籍。シーズン序盤は故障でしたが、 戦線に復帰してからはゴールを量産しました。
99/00シーズンからはインテルでプレー。
それまでチームを転々としてきましたが、 インテルでは6シーズンに渡りプレーし103ゴールを記録してます。特に99/00から03/ 04シーズンの途中までの活躍はすさまじく「 世界最強のセンターフォワード」の名を欲しいままにしました。
02/03シーズンにはわずか23試合の出場でありながら、 24ゴールを上げるという驚異的な決定力で得点王になりましたが相変わらず故障が多く、 6シーズンの出場試合数の1シーズンあたりの平均は23. 8試合でした。
さらに練習嫌い、傲慢な態度などから、 サポーターに愛されることが少なかったです。あのエクトル・クーペルですら黙認してました。
03/04シーズン途中から衰えが目立つようになり、 圧倒的なスタイルは影を潜めるようになりました。そのまま低空飛行を続け、様々なクラブを転々とし、06/ 07シーズンにアタランタと契約金約22万円プロ最低賃金で契約 、オプションとして1ゴール1, 000万円の変則契約を結び話題となりましたが、 2ゴールに留まってしまいました。 07/08シーズンはフィオレンティーナに加入、 第19節のトリノFC戦で先制点となるPKを決め、 自身通算200得点を達成しました。
たった1年の在籍でしたがヴィエリがヴィオラのユニフォームを着 てくれたのが本当に嬉しかったです。
代表としては、49試合で23ゴールを挙げています。
98年に代表デビューすると、98年W杯出場に大きく貢献。本大会では5試合で5ゴールの大活躍を見せましたが、 準々決勝のフランス戦でPK戦の末涙を飲みました。
02年のW杯もエースストライカーとして活躍、 相変わらずの決定力を見せましたが、 決勝トーナメント1回戦で韓国の前に敗れています。
プライベートではインザーギと兄弟のように仲が良いですが、 プレースタイルの関係から同時にピッチに立つことはほとんどありませんでした。
またマルディーニとも仲が良く、アパレルブランド、 スウィートイヤーズを立ち上げています。
当時と今で求められるFWが違うかもしれませんが、 今のヴィオラ、セリエ、 アズーリにはヴィエリみたいなFWが必要だと思います。
そしてセリエがまた世界最強リーグに戻ってくることを願っています。
【セリエA歴代選手名鑑】
File No. 3
Christian Vieri
文:ピクシー(@whibuk)